2016年03月10日

「あたりまえの日々」




気持ちがざわつく3月10日という日。


明日は震災から5年ですか。

あたりまえという意識を打ち消されたあの日から5年の歳月を過ごしてみて…

どうだろう?
当時の防災意識を保てているだろうか?


「忘れている」ことはないけれど、
感覚的に薄れてしまってる と、おもう。



景色を見回しても当時の惨状は想像出来ず、記録写真や記録映像を見ることで
「ああ、こうだったなあ」と記憶が蘇る感じだ。

直された道や、新しい建物を見慣れてきている。
これを復興というのかも。

ただ、その一角にはヘシ曲がった柱や壁の抜けたままの建物もあれば、くぼんだままの道も混在してるのが現実だ。
アンバランスな風景はアチコチで見られ、津波被害の爪痕を垣間見る。

見慣れ、耳慣れ、
それも現実だとおもう。


あれほどの災害を忘れるハズはないが、
暮らしのなかで防災意識は後回しになってしまうのだろう。
いつだって あたりまえの明日を想像しながら日々を過ごしている。

5年まえの3月10日だって同じように過ごしていたんだ。
明日も、あさっても あたりまえのようにくるとおもって暮らしていたんだ。

そして次の瞬間、 東日本大震災が起きた。


今日が3月10日だからといって、何かしら特別なことを出来る自分ではない。

いたってフツーの時間を過ごすばかりナリ。

自分の時間が続くかぎり
誰でも出来ることを、
誰も真似したくないほどに。


そんな日々を地味に積み重ねながらも、
今日という日は防災意識が高まる日付なのだ。



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posted by warda at 15:48| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする