2016年05月10日

「一枚の写真から」





近頃、カメラに対して興味深くなってきた。
少し勉強をして機能の使い方を理解出来たら何か変わるんじゃなかろうか?
そんなコトをおもったのだった。

今どきスマホのカメラ機能が素晴らしく、
オートマチックで綺麗な写真が簡単に残せる。
記録するに充分だ。

とはいえ、一眼画質で撮った写真はなおさら綺麗だ。
オートで撮影だけではもったいない気がして、ようやく機能を勉強する気になった。

そして、写真の持つ意味をあらためて考えるようになってきた。


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自分らの幼い時代はフィルムの入れ方を失敗したり、ピンぼけしたり、現像に出す手間とお金が必要だったり。

写真を残すコトってけっこう面倒くさかったんじゃない?
そもそもうちにはカメラ無かったし。

それでも何枚かの写真があるんだよね。
誰かが撮ってくれた一枚が残ってるというコトなんだなあ。

いやあ、「写真って財産だな。」
そんなふうにおもったんだよね。


今どきならば写真撮るのは簡単だ。
どんどん残しておくべきだとおもう。

今を残すコトは出来るけど、
時間をさかのぼるコトは出来ないから。


それが「写真」なのだと、いまさらながら気づいたようにおもう。
あとあと、ジワジワとくるのも写真の楽しみだったりするし。


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それぞれの場面に思い出が残ってる。
ジワジワくる。


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手元にアルバムを持ち歩く時代、
びっくりぽんだ。


たった一枚の写真、
されど唯一無二の一枚だったりするな。









posted by warda at 14:29| 宮城 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする