2017年02月22日

「猫のリズムと共に」



今日はにゃんにゃんにゃんの日。
いつか覚えた2月22日だ。

とはいえ、ウチは毎日が猫との暮らしにまみれてる。
相互援助と言っていいとおもう。
もはや、どっちが助けられているか…よくわからんというか、どっちでもよい。

ネコ助けしてるようで、人助けされてるのだとおもう。

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純粋に一日を暮らしてるこの子たちにとって、ゆずれないリズムというかルーティンというか、お約束の行動が何個かあるんだな。
そういうトコがなんとも可愛い。
ネコらしくていとおしい部分でもある。

「気まぐれ」がネコの代名詞的な表現とされるけど、意外とそうでもないようにおもうんだよね。
キチンとパターンがあるんだな。

彼らからすれば、よほどコチラのほうが気まぐれに見えてるのかもしれん。

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キチのかかとが気の毒だ。
穴のあいた "おはよう靴下" みたい
あれはつま先の穴を指すのか?

サチのクールさ、キチの甘えっぷり、
兄弟ネコなのに全然違う。

そこらへんがスゴく面白いとおもうんだよね。


posted by warda at 21:22| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

「バレンタインデーの憂鬱と負け惜しみ」




笑えるようでもあり、泣けるようでもある感覚の日なのですよ。


そもそもなんだけども、
どこか納得いかぬ、スゴくバランスが乱れる感覚が湧いてしまうんだよ。

主体がチョコレートの話しになっちゃうけども、そこはおいといて…。

送り手と受けとる側のアンバランスが発生する日でもあるわけなのよ。
そこが気持ちわるくて違和感があるの。

一対一なら問題ないの。


そこがバランスしないから笑えない話しになっちゃう。

集まるところに集中しちゃう傾向があるでしょ。
懸命に選んでさ、勇気を出して渡すバレンタインチョコだったりするでしょ、それって唯一無二のものじゃん。

なのに1/100個みたいに扱われたり、数えられたりしたら泣きたくなる話しでしょ。
いっぱいもらう人ほど何個もらったとか、数だけが気になるんだよ。

いや、負け惜しみと思われてかまわないんだけどね。

バレンタインデーの楽しみってのは、チョコの数じゃなくてさ、お返しの日に向かってアレコレ考えるのが楽しみじゃないの?

今度は送り手側になるのが本来の楽しみだとおもうんだけど。


2011年なんてさ、3.11に大震災でしょ、
お返しすらままならない不完全燃焼みたいな状況があったりもしたわけで…。



だから…、
あくまで個人的なオモイなんだけど、
あの「何個もらった」とかの自慢話の類いが大嫌いで気持ちわるくてしかたない。


送り手の気持ちを個数で表す言い方する人にチョコレートが集まるヘンな日。
なんかヘンだよ、バレンタインデー。
義理とか、本命だとか、
どこの誰が仕掛けたんだろう?





posted by warda at 21:36| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

「同窓会のモヤモヤあるある」



当時勤めてた会社の先輩方と二十数年ぶりの再会となる同窓会。

コッチからすれば、先輩方は分かる。
当時から完成された大人の皆さんは、歳を重ねた感はあれどスグ分かるのよ。


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問題なのはコッチね。
まさか、そんなに認識率が低いとは…

考えてみると、
当時の未完成なガキのイメージから想像すれば、完成形のオッサンになった自分がつながらないのだろうけども。

それにしてもアウェイ感バッチリだった。
そもそも輪の中に飛び込むコトが苦手なのだから仕方ないが。

いやぁ、認識されないと身の置き所に困るもんだね。

一方的に懐かしくフラッシュバックを楽しませていただきました。



「健ちゃん」と呼んでくださった一部の先輩方、たいへんありがとうございました。

なんとか迷走をまぬがれて助かったのでした。





posted by warda at 21:36| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする