2016年03月15日

「無力なればこそ」





新しい季節は普段のコトでも違う印象を受けたり感じたりする。

いよいよ春めいてきたようだ。


ふと自分たちの毎日に嫌気がさしたり、
なにか意味を求めてみたり、
そんなコトを考えるのは暖かくなり始めてホッと一息つく…この頃かも。

そんな時期かもしれないな。
新しい季節感を感じてる表れかもね。

もしかして気持ちが熱くなんのかね?


冷静に客観的に考えれば
自分らの毎日に意味を問うコト自体が無意味であろうと。
そんなふうにも感じたりする。

何者でもない自分が等身大の自分であり、
無力さを認めざるをえない。

才あらば一度で物事を成し遂げられるのかもしれん。
一声で物事を治める影響力を持つのかもしれん。

ただ、
無力なればこそ何度でも失敗を重ね、
その度に感じたり考えたりする機会を得るコトになる。

失敗を重ね、考え方を工夫しつつ、
人は厚みを増すコトもあるとおもう。

情けないようでたくましくもあるのが自分らじゃないか。

存在の意味を問うよりも、
少しは何かの役にたってると願いながら自分の仕事に精を出したらよいのだとおもう。

背伸びは続かないし疲れる。
等身大でよろしいかとおもうんだな。






posted by warda at 11:43| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/434952419
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック