2016年08月24日

「ベーコン焼き」




小学生時代の記憶、
末っ子の妹が生まれる前の話しだ。

男三人の兄弟にとってスペシャル的にご馳走だったのがベーコンだった。
仙台の二日町に暮らす叔父さんちに泊まりに行くと必ず食べさせてくれた。

叔父さんちは雀荘をやっていて、お客さんに食事も提供していたのでメニューにあったのかもしれない。
きっと常に仕入れていた食材だったのだとおもう。
デカい厨房には瓶ジュースの冷蔵庫もあり、好きなだけ飲ませてもらえた。

兄弟にとってパラダイス的な場所で、やさしい叔父さんを身近に感じていたのだった。



訃報が届いた。

二日町の叔父さんが今朝ほど亡くなったそうだ。

叔父さんからすれば妹である我々のおふくろ、しめちゃんが先に逝ってしまってから御無沙汰してしまっていた。

なかなかお会いする機会も無いままに訃報を受け取った。
残念な知らせでした。

自分らが歳を重ねただけ同様に時間が流れ、叔父さんも高齢になれば別れの時は必ずくるのだから「機会」なるものは作らねばならないのだとおもった。
いまさらジロー、
サブロー、シローだ。


おもえば、あのベーコンは何だったのか…
きっとベーコンだとおもうのだが、
いまだにアレ以上美味いものを見つけられない。

田舎の兄弟にとって、叔父さんちに行かなければ食べられない「特別な」ご馳走だったのだ。
いつかアレの正体を聞いて、もう一度食べたいとおもったこともあったな。

もしかして「美化された」思い出かと?
そんな風に考えた時もあったが、たぶん違うとおもう。
厚焼きベーコンというメニューがあるが、アレとも違う。

もう、分からずじまいになっちまったよ。



最後のお別れに行こうとおもう。

当時小学生だった自分らを沢山可愛がって叔父さんの年齢を越えた自分らがいるが…

はたして自分は甥っ子姪っ子たちを可愛がってあげれたのだろうか?
厳しい面しか残せなかったようにも思い返せる。

「人にやさしく」

じつに簡単そうにおもえても、実際に出来るかといえば いささか疑問である。


二日町の叔父さんはじつにやさしき人でありました。


合掌





posted by warda at 21:41| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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