2017年09月27日

「クラクション」



運転してて、不意に鳴るクラクションに驚くコトがある。
自分に対してじゃないほどにビックリ度合いも高い。

鳴らしかたってあるじゃない、
完全に威嚇を目的に鳴らされるクラクションほど聞き苦しいものだし。

警笛でしょ。そんなに鳴らしてイイもんじゃないでしょうよ。

トラックだとスレ違うお友達で鳴らしあう場面に遭遇するけど、アレは周りがビックリするからヤメテ。
エアーホーンは鳴らしてみたくなる気持ち分かるけども。

信号待ちの車列、進まないからといって真ん中あたりでビービー鳴らす人の感情が理解出来ないのですわ。

腹でも痛いのかね?下痢なの?そういう緊急事態?

なんかこの頃ね、よく目にするエコカーに乗ってる乱暴者みたいな運転するひと。

なにゆえエコカーを選んで乗ってんのかイマイチすっきりしないのよ。
環境に優しいクルマ持ってさ、人には優しくないんだね。

ある意味ヤバいとおもうんだよ。


posted by warda at 21:46| 宮城 ☁| Comment(0) | おもいつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

「真ん中探し」



おつかれさまです。

真ん中とは何処なのか?
いつもモヤモヤと考えてるようにおもいます。

黙りこくっている時は自分なりに補整を意識してるのかもしれない。

どちらかに傾くことはバランスを崩し、
やがては転ぶということです。

はたして人としての真ん中は何処なのか?
解らぬから探りながら補整を試みているようにおもうのです。

ある人は足し算やかけ算を。
また、ある人は引き算やわり算を。

自分なりに加減乗除しながら心のバランスを保とうとするのではないだろうか?

その時、真ん中は何処なのか?
肝心なのはソコんとこじゃないだろうか?

すべての人が同じスケールを持ってるわけではなく、それぞれの「真ん中」にズレがあるわけで。
当然のようにぶつかり合うのも分かる気がします。

それぞれの真ん中を「理解」しようとする意識があれば、バランスは続くようにおもいます。



片寄った真ん中を主張してないか?
自分を補整する意識は必要かとおもいます。

転ばぬ先の杖じゃなく、
常にバランス良く立っていたいものです。






posted by warda at 20:44| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | おもいつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月20日

「めくるめく職人の技」







ざっくりした想いなんだけど…
職人技に興味津々なトコロがある。

どの世界の、どの技術、というような特定はないのだけれど…ね。




見てて簡単そうな、
自分にも出来るんじゃないのか?
そう思えてしまうトコロに職人の技が凝縮されていて、いざやってみると真似の出来ない "質" ってヤツが立ち塞がるんだな。

だから真似事でしかないワケさ。


加減…っていうかな?


1でもなければ2でもない。
じゃ、1と2のあいだなのか?というような定量的な話しとは違う。

掴みきれない感覚が想像をふくらませる。


正解とか、不正解とかいう世界観で表わせないからこそ、技が磨かれ、日々精進を重ねる人々が職人と呼ばれる存在なのだろう。

自分が考える理想に一生懸命になれるってスゴいな。

ひとつのコトをおもいつつ、極める為に努力を重ねる人々だけが職人と讃えられる。
けれど、たいがい謙虚で地味なキャラクターが多いんじゃねぇかな?

そこんトコが…、
そういうわかりづらい人間性が興味深いのかも。

スゴいことをさらりとこなし、飄々と立ち振る舞う人の技に身震いするコトがある。


孤高な印象をうける。

職人技ってつくづくシビレルな。







posted by warda at 22:55| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | おもいつき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする