2017年03月20日

「ネコざんまい」



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暑さ寒さも彼岸までと言うが本当に穏やかな連休だった。

朝から射し込む日射しにうっとりするのは皆同じだ。
それぞれリラックスのカタチは違えど、ノンビリする時間は平等に流れる。


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ボーイズ、君たち見てると自然に和むから助かるよ。
何の理由もなく無心にリラックスできる。
イイ写真を撮って残してあげたいとおもって下手な鉄砲数打ちゃ当たるよう写真を撮るんだよ。

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ネコ写真家という職業の人がいて、有名になってるネコもいる。テレビCMとか写真集とか。

でもね、君たちはそれ以上の存在なの。
猫と暮らす誰もが自分ちの猫をイチバンだとおもっているんだよ。

家族だからね。



posted by warda at 19:57| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月13日

「ひとつの行動則」





ひとつのミス、ふたつのミス、
普段の仕事も長く続けるほどに失敗を重ねながら練度が上がり精度も増していくもんだとおもう。

ミスを自覚すること無くして習熟は無いといえるだろう。
少なくとも自分はそう考える。

失敗は成功のもと。

それは考えるチカラを養うというコトだとおもう。
要因分析にたどり着けば同じ失敗を繰り返さない方法を確立すればよい。
どうすれば?というディスカッションが必然になってくる。

自分的にひとつだけ大切におもうコトがある。
信頼を得る相手だ。

仕事で言えば、まず身近な仲間だ。
上役やシャチョーさんではない。

となりで働く仲間の信頼が大事であり、
さすれば、おのずと自分の行動則が決まってくる。優先度といってもよいのかもしれない。

同じ線上に立つ人ほどシビアに評価してくれるとおもうんだよね。
損得なしの付き合いだから。




実はもうひとつある。
それは身近に暮らす言葉の通じない子達との信頼感。

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うちの子達はモチロンだし、
外に住み着いてる親子連れも。


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外の親子連れ、
心許すほど慣れないまでも一応の信頼関係はある。
しだいに距離感が近くなってきてる。

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この子たちの信頼を得るというのはムズカシイ。


言葉じゃなく、態度じゃなく、もっとシビアに人を見るからね。
エサをあげれば慣れるというワケじゃなく、間合いを越えれる信頼性が必要なんだよね。




posted by warda at 22:00| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月12日

「春を感じて」




ゆうべは早く眠りにつき朝までぐっすりと休めた。



6年前の同じ夜、それはそれは長く感じて寒さと闇に支配された絶望的な夜を過ごしたよね。
夜明けを待ち遠しくも思いつつ、
お日様に照らされた世界すらも絶望的状況であったよ。


この時期はメディアで一斉に取り扱われる東日本大震災から…云々と。
被災地の今は…云々と。
それはそれで仕方ないコトであろうとおもう。

ここに暮らす人々にとっては日常のことで、毎日があの日の続きというコトだ。
いつもどっかにあの日の感覚が残ってる。

忘れられる記憶では無いというコト。


東北の厳しい冬が終わりつつ、いよいよ春めいた日を感じるこの頃だったの。
6年前のいまごろは懐中電灯を頼りに二日目の夜を過ごしていたんだ。

そう思うと…ね。それほど思い出したくもないね。


今夜は大丈夫。
普通に過ごせる有り難さを再認識します。
灯りも、テレビも、お風呂も。
暖かい食べ物もね。


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春を感じるスパゲッティ。

白魚とキャベツを合わせたペペロンチーノを作って食べた。

来週は春彼岸
もうすぐ桜の季節がくるよ。




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2017年03月05日

「くつろぎの猫ハンモック」





先週の日曜日にトシヤさんが持ってきてくれた猫ハンモックに枠をつけた。

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この子たちはデカいので、まあまあ頑丈なつくりになってしまう。

当初ロープでぶら下げてみようとも考えたが、おとなしく真ん中にバランスする様子が無い。
なのでベッドスタイルにした。


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あんばい良さげだ。
キチの独占的になっちゃってる。


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3月になって冬の厳しさがやわらぐ日がある。
なんとものんびりした時間だ。
日射しから春を意識する時期になったな。


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サチもハンモックどうぞ。




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2017年02月22日

「猫のリズムと共に」



今日はにゃんにゃんにゃんの日。
いつか覚えた2月22日だ。

とはいえ、ウチは毎日が猫との暮らしにまみれてる。
相互援助と言っていいとおもう。
もはや、どっちが助けられているか…よくわからんというか、どっちでもよい。

ネコ助けしてるようで、人助けされてるのだとおもう。

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純粋に一日を暮らしてるこの子たちにとって、ゆずれないリズムというかルーティンというか、お約束の行動が何個かあるんだな。
そういうトコがなんとも可愛い。
ネコらしくていとおしい部分でもある。

「気まぐれ」がネコの代名詞的な表現とされるけど、意外とそうでもないようにおもうんだよね。
キチンとパターンがあるんだな。

彼らからすれば、よほどコチラのほうが気まぐれに見えてるのかもしれん。

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キチのかかとが気の毒だ。
穴のあいた "おはよう靴下" みたい
あれはつま先の穴を指すのか?

サチのクールさ、キチの甘えっぷり、
兄弟ネコなのに全然違う。

そこらへんがスゴく面白いとおもうんだよね。


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2017年02月14日

「バレンタインデーの憂鬱と負け惜しみ」




笑えるようでもあり、泣けるようでもある感覚の日なのですよ。


そもそもなんだけども、
どこか納得いかぬ、スゴくバランスが乱れる感覚が湧いてしまうんだよ。

主体がチョコレートの話しになっちゃうけども、そこはおいといて…。

送り手と受けとる側のアンバランスが発生する日でもあるわけなのよ。
そこが気持ちわるくて違和感があるの。

一対一なら問題ないの。


そこがバランスしないから笑えない話しになっちゃう。

集まるところに集中しちゃう傾向があるでしょ。
懸命に選んでさ、勇気を出して渡すバレンタインチョコだったりするでしょ、それって唯一無二のものじゃん。

なのに1/100個みたいに扱われたり、数えられたりしたら泣きたくなる話しでしょ。
いっぱいもらう人ほど何個もらったとか、数だけが気になるんだよ。

いや、負け惜しみと思われてかまわないんだけどね。

バレンタインデーの楽しみってのは、チョコの数じゃなくてさ、お返しの日に向かってアレコレ考えるのが楽しみじゃないの?

今度は送り手側になるのが本来の楽しみだとおもうんだけど。


2011年なんてさ、3.11に大震災でしょ、
お返しすらままならない不完全燃焼みたいな状況があったりもしたわけで…。



だから…、
あくまで個人的なオモイなんだけど、
あの「何個もらった」とかの自慢話の類いが大嫌いで気持ちわるくてしかたない。


送り手の気持ちを個数で表す言い方する人にチョコレートが集まるヘンな日。
なんかヘンだよ、バレンタインデー。
義理とか、本命だとか、
どこの誰が仕掛けたんだろう?





posted by warda at 21:36| 宮城 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月12日

「同窓会のモヤモヤあるある」



当時勤めてた会社の先輩方と二十数年ぶりの再会となる同窓会。

コッチからすれば、先輩方は分かる。
当時から完成された大人の皆さんは、歳を重ねた感はあれどスグ分かるのよ。


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問題なのはコッチね。
まさか、そんなに認識率が低いとは…

考えてみると、
当時の未完成なガキのイメージから想像すれば、完成形のオッサンになった自分がつながらないのだろうけども。

それにしてもアウェイ感バッチリだった。
そもそも輪の中に飛び込むコトが苦手なのだから仕方ないが。

いやぁ、認識されないと身の置き所に困るもんだね。

一方的に懐かしくフラッシュバックを楽しませていただきました。



「健ちゃん」と呼んでくださった一部の先輩方、たいへんありがとうございました。

なんとか迷走をまぬがれて助かったのでした。





posted by warda at 21:36| 宮城 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々の歩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする